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| 草壁皇子の死を悼む歌が万葉集に数多く収められていますが(→関連史料のページ)、それらの歌に、「嶋宮」「日之隈」「檀(乃)岡」「佐太(多)乃岡邊」などの地名がみられます。 「嶋宮」(島の宮)は、現明日香村大字島庄、かつて蘇我馬子の邸宅のあった所で、後に草壁皇子が住んだ宮といわれています。 草壁皇子の葬列は、島の宮から「日之隈」(檜前)の地を横切り、「檀乃岡」(真弓の丘)の最南部「佐太乃岡」(佐田の丘)に向かっていただろうことが想像されます。(参考文献:「万葉の飛鳥Cさひのくま桧の隈」犬養孝・著 季刊「明日香風」第4号所収) |

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| 以上、解説文は、現地の解説板と明日香村のホームページのほか、奈良県立橿原考古学研究所刊行「天武・持統朝 その時代と人々」を参考にしました。 |
by 飛鳥みわ
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